厨学生日記

サブカルと創作、そして黒歴史、厨二病

やはりniconicoに未来はないのか

一昨日の時点からniconico(く)の発表に対する感想をまとめるつもりでいたのですが、内容があまりにも酷すぎて正直書く気が起きません。

やはり奇跡は怒りませんでしたね。

なぜ運営はユーザーの意見を無視して、余分な事ばかりに注力するのでしょうか。

 

niconicoが動画コンテンツを切り捨てている可能性

既に多くの有名な投稿者がniconicoを離れている現在、例のアレカテゴリがランキングを占める現在、果たして動画コンテンツに価値を見出せるのでしょうか。

MADが溢れていた全盛期(?)と比べると、アイドル化した歌い手や実況者が投稿した動画や例のアレカテゴリの動画が非常に多くなっています。

運営が改善する気がないのでコンテンツが極化し、人が離れるので運営が切り捨てるという負のスパイラル。

どこかで歯止めをかけないとコンテンツが衰退するのですが、それをユーザーに出来ればこんな実情になっていないので、当然運営がなんとかするしかありません。

が、迎合することを選び、挙句失敗して、結果切り捨てることで別の方法を模索しているといったところなのでしょう。

 

いらない新機能の追加をどうして行うのか

他に策がないのでしょう。

……と言って切り捨ててしまえばそれまでですが、もう少し続けます。

 

便利になったり不便になったりするものの例に、iOSとiPhoneがあります。あれはまだ便利になるだけマシですし、なにより技術の革新を目指した結果の失敗であることが多いので、まだいいんですよ。

大した変更点がなくても、売れるから新製品を出し続けます。

売れるならそれでいいんじゃないでしょうか。

 

niconicoの場合、それをして誰が喜ぶんですかね。

正直生放送コンテンツの拡充も、微妙なものばかりだと思いますよ。休憩とかゲームとかOPとか、ユーザーから希望があって作られた機能だとはとても思えませんし。

 

それでもしぶとく生き続ける

本当にユーザーの意見が反映された革命が行われなかったとしても、niconicoは少なくとも数年、生き続けるでしょう。

niconicoには今までに築き上げてきた独自の文化があります。

niconicoに似たサービスが、既に何個か生まれては、浸透せずに消えていきました。

Youtubeをはじめとした動画投稿サイトに吸われ続けても、おそらく延命は続くのではないですかね。

 

これからも過度な期待はせず、ひとつのコンテンツが閉じていくのをひっそり見守ろうと思います。