厨学生日記

サブカルと創作、そして黒歴史、厨二病

「どうしておじさんは帰ってきたの?」

 姪が私にそう尋ねるのはもっともだ。私は十年間、祖国を離れて旅をしていたのだ。十年という歳月は、子供にとって今までの全てに感じられることだろう。

「私が最後に行った国はね……」

 私は何かを諦めるような気持ちで口を開く。その何かがわからないまま、姪に話を聞かせる。

 

 その国の人は皆、仮面をつけて生活していた。

 私がその国に入ると、道行く人々の視線が向けられた。仮面の奥にある目が、私という異物を覗いていた。私が見返すと、彼等は視線をそらしていった。

 国の風習というものは様々で、仮面をつけて生活しているくらいでは、私は驚かなかった。「この国はそうなのだな」と思うだけだった。

 ふと思うところがあって、私はいかにも浮浪者というなりをした男性に尋ねてみた。

「この国の人たちは、皆同じ仮面をつけているのですか?」

 奇妙なのは、皆が一様に笑顔の仮面をつけていたことだった。何か祭りがあるわけでもなく、特に楽しそうでもなく、笑顔の仮面をつけるのが当たり前のように振る舞っていた。

「いいや、皆違う仮面だよ。よく見てみるといい。模様や表情に違いがある。笑顔の仮面でもね」

「では、仮面は一枚しか持っていないのですか?」

「そんなことはない。通りを歩いているとそう思うかもしれないが、皆何枚も持っているのさ。外では付け替えたりしないがね」

「あなたも?」

「私はこれだけ」

 彼は人差し指で自らの笑顔の仮面を小突いた。その様子はまったく嬉しそうでなかった。

暇を持て余した私は気になることを全て尋ねた。

国民が仮面をつけることは、始めはただの一部の人の趣味だったこと。やがて人々の習慣になり、今では法律で定められていること。付け替えるとき以外は外していけないこと。家の外にいるときはもちろん、家の中でも、家族にさえ素顔を見せないこと。

 彼は私が聞かなくとも話していた。

「私は他の仮面を買う金がないから同じなのだが。政府は笑顔以外の仮面を禁止しようとしているのだ。人々が笑顔でいれば、争いは起きないと。我々から顔を奪って、今度は表情を奪おうとしている。こんな馬鹿げた話があるかね? しかも国民は笑顔で受け入れようとしている……」

 あとは彼の愚痴だった。私は彼のありとあらゆる不満を聞いた。そうして彼が全てを出し切った後、私は最後にこう言った。

「なんだか寂しいですね」

「そう思うかい?」

「だって、女性はお化粧ができないではありませんか」

 彼は大きな声で笑った。すると大勢の人が彼の方を向いた。たくさんの笑顔を向けられて、彼はそれきり喋らなくなった。

 私はすぐさまその国を出た。逃げるように祖国へ向かった私を、その国の人々は笑顔で見送った。私の背筋に冷たいものが走った。

 

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