厨学生日記

サブカルと創作、そして黒歴史、厨二病

王になるには? 真面目に考えてみた

昔から考えてはいたのだけれど、どうやったら王になれるのだろうか。

不動産王や石油王のような『金銭を多く持つ者』ではなく、原義での王になるにはどうすればいいのでしょう。

手段を考えるのではなく、資格……すなわち王の器について考えてみます。

 

まず、「最も優れた者が王にふさわしいのではない」としてみる。最も優秀であれば、他者に任せることなく自身で行動し、限界に当たる。そうでなくとも彼には国が必要なくなるため、彼は王ではなくなるはずだ。

それを踏まえると、王とは人を束ねられる者だ。民あっての王。民を引き寄せる魅力を持つ者でなければならない。

さらに、王は他者を信じ、任せることができなければならない。民と王は相互依存関係で、一体である。ゆえに王は責任を持つ必要がある。

王とは人を集める者。惹き、魅せ、愛する者。そうして、他者を導く者である。

 

こんなところでしょうか。

人間的な魅力を持っているのが前提ですね。

ふむ。

今の僕では王になれないな。

 

僕は人間的な魅力が抜群にあるとまで言えないし、かと言ってまったくないとも思っていません。

それよりも、僕は間違いなく孤独です。あまり人を信用していません。この自覚はあります。

なので、変えるとしたらそこからでしょう。

 

ですが、王になるために人を信用しようと努めるのは、無償の愛ではなく、ただの打算でしょう。それで良いのでしょうか。

……どうも、僕は王になろうとすること自体が本質とズレているように感じるのです。

器は最初からあり、王に「なるべくしてなった」結果なのでは?

少しややこしくなってきました。

 

人間的魅力を高めようとしたり、他人を信じようと努めたりするのはやらないより良いのでしょう。王になれるかはともかく。

俗っぽくなりますが、老若男女問わずにモテるよう努力するのは、現代において理にかなっているのではないでしょうか。

 

 

王になりたい欲と同じくらい、参謀ポジになりたい欲もあります。

僕よりも人を集められる人間を王にしておいて、うまいこと立ち回りたい。

……なのですが、今まで日陰でしか生きてこなかった人間というのもあり、皆から称賛を受けたいのです。

そんな承認欲求と戦いながら、あるいは受け入れながら過ごす日々。

今の僕に必要なのは、自分を受け入れて、他人を受け入れることなのでしょう。

 

なんだか隙あらば自分語りになるなあ。ブログってそんなものなのだろうけれど。

もしも王になりたいと思っている人がいたら、参考にしてみてください。