厨学生日記

サブカルと創作、そして黒歴史、厨二病

やめないということが大きな力になる

「どうしたらもっと多くの人に見てもらえるだろうか」

これに対して、明確なひとつの答えがあります。

やめないことです。

これに論理的な解釈を加えてみます。

価値のある記録を作る

ネットでは、何がうまくいくかは正直わかりません。想定外のことが起きてうまくいった物を見ることも多いでしょう。けものフレンズとか。

逆に、うまくいったかどうかを知る方法はあります。活動を行ってきた中で溜まった数字を参照すればいいのです。目に見えるわかりやすい部分だけでなく、細かなデータに迫って分析することで、うまくいったかどうかがわかります。

記録の分析を行う上で、ひとつ条件があります。

それは、その記録自体に価値があるかどうかです。

しかし、この記録に価値が出てくるにはその質と量の両方が必要になってきます。

この場合の質と言っても、いろいろあります。「誰が見ているか」「何が起きているか」「どんな影響力を持ったか」というようなことです。量とは、活動そのものの量と活動によって生じた記録としての量です。

 

量の問題ですが、ひとつ例を挙げてみましょう。

レストランの経営をしていたとして、1週間程度のデータしか蓄積されていない状態で、来月、来年の予想はできません。日々の変化について考えたところで、あまり意味はないでしょう。

誰もがうまいと言うような、海外からの客が来るレベルのレストランでも、開店直後には近所の客が来るだけで、レストランの実力にふさわしい評価が表れるには、口コミや雑誌、ネット上で広がる時間が必要です。

つまり、活動開始直後はデータが不十分であり、そのデータが活動の本質を反映したものになるまでには、データを蓄積する時間が必要なのです。

 

量がある程度増えてきた上で、質の問題です。

レストランを経営しているうちに、平常なデータと異常なデータが出てきます。これを分析していくことで、自分にとって大事なデータが見えてくるのです。

例えば、多く注文される料理と売上に貢献している料理は違うとか、ネットで集まる評判と実際の注文数は違うとか、そういった情報です。

 

加えて、時間経過によって見えてくるデータもあります。

平日と休日、季節、広告……それらが集まって、ようやく記録が価値のあるものになるのです。

「無理なことをしない」能力

やめないことの大切さは、以上の通りでわかったと思います。

では次に、「無理なことをしない」能力について述べましょう。

この「無理なことをしない」というのは、「体力的、精神的に無理をしないようにしろ」と言いたいのではありません。

 

例えば、ネットとリアルを切り分ける人がいると思います。性格の全く違う人間を演じながら過ごす人もいるでしょう。

しかし、それを続けられるのは少数です。続けるというのも、たった1年だけではなくて、5年、10年の長さです。これができるというのは、ある種の才能でしょう。

また、流行っているというだけで様々なものに飛びつくのも問題です。

少し前にバーチャルYouTuberが流行り始めましたが、その人気に便乗してバーチャルYouTuberを名乗る人も増えました。しかし、元々大した情熱がないので続きませんし、また技術もなくては人気も出ないので、やはり続きません。

 

一時のノリや酔狂で「狙ったものを作ってみよう」などと考えるのは仕方のないことです。1年やっているだけでも、そういうことはあるでしょう。

僕もバーチャルYouTuberの記事を黎明期に書いたことがあります。そしてそれは実際、少しだけウケました。だからといって、このブログをバーチャルYouTuber専門にはしませんでした。なぜなら、僕は個人的にも世間的にもバーチャルYouTuberの熱は冷めると思っていたからです。

 

「無理なことをしない」能力とは、こういうものなのです。

 

付録

なぜ「続ける」ではなく「やめない」なのか。それも今度書きたいと思っている。

そしてもうひとつ、「名前を変える行為はどうなのか」についてだが、これは僕の実体験を踏まえつつ書きたいと思っている。本当は「やめない」に大きく繋がる部分があるのだけれど、長くなりそうなので別の機会に。