厨学生日記

サブカルと創作、そして黒歴史、厨二病

自分の敵は本当に自分なのか?

僕のようなひねくれものは、僕のような厨二病は、世間様が考えてくれたありがたい名言に、ついつい反応してしまいたくなるのである。

意識の高い人たちが口をついで言う「自分の敵は自分」というのも、僕は疑ってしまうのだ。果たしてこれは正しいのだろうか。

とは言ったものの、一概に「正しい」「正しくない」と決めつけてしまうのもナンセンスだ。時と場合によって、答えとは変わるものだ。

それでは「自分の敵は自分」のケースにおいて、敵とはそもそもなんなのだろうか?

 

物理的な壁である場合。

スポーツなどの記録は確かに「自分の敵は自分」であることも多い。これは精神論で言っているのではなく、自己の記録を塗り替えるという意味で敵なのだ。

なるほど、これは全く事実として「自分の敵は自分」であると言える。

 

問題は精神的な場合だ。

欲求に勝つ、心の弱さを克服する、そういった意味合いで「自分の敵は自分」というのはいささか傲慢なのではないかと思う。

大抵、他に明確な敵がいるのではないだろうか。

例えば、ダイエットをしている人。彼らの敵は食欲であり、体重および体脂肪率などの数値であり、自分自身全てではない。

柔道で相性の悪い相手がいる。実力的には自分の方が上だ。それにもかかわらず負けてしまう。これはつまり自分との戦いであって、相手との戦いではない? いやいやそんなことはないだろう。相手が間違いなく敵なのである。

 

物の言い様だとは思うのだが、やはり「自分の敵は自分」ではない。僕はそう思う。

結局のところ、自分の中に自分を作り、それを敵とすることで、本当の敵から逃げているのだ。本当の敵は強く、 具体的で、融通が利かない。対して自分が敵であれば、調節が効いてしまう。そんなものに勝とうとするのはどうだろう。勝って、嬉しいものなのか?

自分は間違いなく味方だ。 自分を信頼せずに、誰かに勝とうと思って戦う人間はいない。 何より敵と戦うのは自分自身なのだ。それがどうして味方でなくて、敵であろうか。

 

……とまあ、得意気に持論を展開したものの、おそらく多くの人が「いやいや」と反論するだろう。僕自身も、「自分の敵は自分」「自分との戦い」とのたまう方々に対して、いちいちこれを持ち出すほど、面倒なことはしない。

何よりこれが真実であっても、それが都合の悪いことであれば、受け入れられないものなのだ。嘘の方が都合がよければ、両手を上げてそちらを受け入れる。そういうものだ。

そうでなくても、すでに浸透した「自分の敵は自分」はアイコンとして非常に便利である。それに変わりはない。

せいぜい、ささやかな反抗心なのだ。