厨学生日記

曖昧な哀の毎日

おうち時間の概念は普段から休日に出歩かない僕たちを殺す

休日とは外に出かけて誰かと遊ぶものらしい。大学時代にバイトで一緒だった一つ下の女の子が、休みには常に予定を入れていた。どこかで誰かと過ごさない休日などなく、家に1日いるのは気持ち悪いとまで言う。そんな彼女はこのコロナをどう過ごしているのか、興味が……いや、そこまでないけれど。

 

世間では皆外出するんだなあと、そんな欲しくもない気付きを得た2020年をなんとか生き抜いた。家にいるなんてつまらないと言われ、じゃあ今までの僕の自宅でハッピーライフはつまらなかったのだろうかと、被害を妄想して楽しんだ。

「今だからできる!」

「家にいる時間を利用してスキルアップ!」

今まで家にいた僕に、今までできなかったことはできない。家にいる時間を利用してスキルアップできなかった僕はどこでスキルアップすればいいんだ。

やめてくれ、「不幸だからちょっとでも幸せになろう」みたいな風潮で僕の今までを不幸扱いしないでくれ。

 

 

 

ここ最近のおうち時間の過ごし方は、毎日1つずつ、やらなければいけないことを見つけてリストに追加して、そのリストの中から一番簡単なものを片付けるという生活。

「あー、これやらないとな」と見つけた瞬間の憂鬱を先延ばしにしつつ、確実に前進できる素晴らしい策。調子のいい日は二つこなしちゃう。

それと、強敵は小分けにして各個撃破を狙え。たとえば、「掃除」だと漠然としていて手を出しづらいうえに強すぎるから、「台所の掃除」「洗面所の掃除」「リビングの掃除」「玄関の掃除」などと具体的に分けるのだ。調子が良ければ複数片付けてしまえばいい。

 

いらないものを捨てる快感。記憶の片隅にも残っていないものが出土したら、捨てても心は傷つかない。

データも同じで、メモ帳に残していたアイデアも「いつか使う」はありえない。容量は圧迫しなくても、視界は圧迫する。量を減らせ。確実に、ひとつずつ。

 

家でも仕事のことを考えてしまう。仕事とプライベートを分けたい僕だけれど、家だと椅子に座ってぼーっとする空白の時間ができるから、ふとした瞬間に思い出してしまう。

そんなときは割り切って仕事のことを考える。職場に行ったらなにをするべきなのか。どうすると効率が上がるのか。必要な能力はなんだ。求められている成果は。

考え尽くすと、逆に思い出すこともなくなる。コツは、悩んでも仕方ない内容は諦めること。

 

世間はどうか知らないが、僕は幸せだ。

 

今週のお題「おうち時間2021」